福岡高等裁判所 昭和60年(ネ)729号 判決 1990年4月17日
控訴人・附帯被控訴人 国 ほか二名
代理人 梶村太市 金子順一 田川八洲武 ほか六名
被控訴人・附帯控訴人 長野静 ほか四名
主文
一 本件各控訴に基づき、原判決主文1項を次のとおり変更する。
1 控訴人(附帯被控訴人)らは、各自、(一)被控訴人(附帯控訴人)長野静に対し金四六二六万六二八二円、(二)被控訴人(附帯控訴人)長野健に対し金二四六三万三一四一円、(三)被控訴人(附帯控訴人)瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚に対しそれぞれ金二三一三万三一四一円並びに右(一)ないし(三)の各金員に対する昭和五四年九月二一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人(附帯控訴人)らのその余の各請求を棄却する。
二 本件各附帯控訴をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を被控訴人(附帯控訴人)らの負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本件控訴につき
1 控訴人ら
(一) 原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。
(二) 右(一)の部分に関する被控訴人らの請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
(一) 本件各控訴をいずれも棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
二 本件附帯控訴につき
1 附帯控訴人ら
(一) 原判決中附帯控訴人らの敗訴部分を取り消す。
(二) 附帯被控訴人らは、各自、附帯控訴人長野静に対し金六六一〇万九一六〇円、同長野健に対し金三五三四万五五八〇円、同瓜生幹子、同都甲峰子、同長野厚に対しそれぞれ金三三〇五万四五八〇円及び右各金員に対する昭和五四年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人らの負担とする。
2 附帯被控訴人国
(一) 本件各附帯控訴をいずれも棄却する。
(二) 附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。
3 附帯被控訴人門田徹、同石井公展
本件各附帯控訴をいずれも棄却する。
第二当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり付加し訂正するほか、原判決事実摘示のとおりである(但し、原審相被告有限会社大分合同新聞社に関する部分を除く。)から、これを引用する。
一 原判決の付加、訂正
1 原判決五枚目表五行目の「生ぜしめた」の次に「(以下『本件十二指腸穿孔』又は『本件穿孔』ともいう。)」を加える。
2 原判決八枚目裏九行目の「同人」を「亡正」と改める。
3 原判決五六枚目表七行目の「座位のいずれにおいて」の次に「も」を加え、同五七枚目裏五行目から六行目にかけての「病院に滞留して安静すべきこと」を「病院に滞留して安静にすべきこと」と改める。
二 控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)らの主張の補充
1 ERCP検査に際しての注意義務について
ERCP検査において、フアーター乳頭部を探索してカニユーレを乳頭開口部から胆管に挿入する際には、フアイバースコープが動かないようアングルを固定したうえで行わなければならないが、その際、腸管に蠕動や嘔吐反射が起きることがある。蠕動に対する対処方法は、フアイバースコープの視野がとれなくなるので、フアイバースコープを積極的に動かさないようにし、アングルの固定を解除して治まるのを待つことである。このようにアングルの固定を解除すれば、フアイバースコープの先端はフリーの状態になり、蠕動の動きに逆らわないようになるのである。嘔吐反射に対する対処方法もこれと同様である。胆管の選択的造影の段階におけるERCP検査の実施にあたつての注意義務としては、これに尽きるものである。
これに対し、胃、十二指腸の消化管の内視鏡的検査においては、一般的に消化管壁に穿孔等の損傷を発生させる危険性があるとする考え方は全く根拠のないものである。すなわち、内視鏡的検査で、健常な胃、十二指腸に乱暴、粗雑な器具の操作がなくとも、一般的に消化管壁に穿孔等の損傷を発生させる危険性があるという臨床的な知見、経験則は存在しないのである。右の考え方は、消化管損傷の症例報告があることをもつて、これを不当に一般化しようとするものであつて、極めて不当である。
ERCP検査における消化管壁損傷の臨床医学上の経験則は次のとおりである。
(一) ERCP検査の施行自体で、健全な十二指腸壁全体にわたつて損傷等が発生する危険性があるとの経験的認識は存在しない。
(二) 病変部、手術痕その他解剖学的異常走行部位については損傷発生の危険性がある。
(三) 十二指腸の解剖学的走行とこれに対するERCP検査の手技上の困難性のため、十二指腸球部から上十二指腸角を越えて十二指腸第二部付近に損傷が発生する危険性がある。
(四) これらの損傷発生頻度は、極く低いものであり、健全な十二指腸の本件部位の損傷例は全くない。
右(一)ないし(四)の臨床医学上の経験則に照らすと、右(二)(三)以外には損傷発生の危険性は一般的に知られていないのである。本件検査当時、ERCP検査において、本件損傷部位における損傷の危険性を指摘したり、その旨の対策方法等を説く教科書等は存在しないのである。したがつて、前記の考え方は、臨床医学上の経験に基づかず、ERCP検査の危険性を殊更強調しようとするものであつて不当である。
2 本件ERCP検査実施中に撮影したレントゲンフイルム(以下「X線フイルム」ともいう。)五枚(<証拠略>)につき後腹膜に腸管外気腫が存在することについて
亡正に対する本件ERCP検査は、昭和五四年四月二七日午前一一時四〇分ころ、控訴人石井(原判決の「被告阿南」。以下同じ。)によつて開始された後、織部医師と交替し、再び控訴人石井が織部医師と交替したのは正午ころである。控訴人石井は、交替後、カニユーレの挿管をやり直したが、膵管にしか入らず、一回に三、四分かけて一〇回程行つた。その間蠕動が起きたが、控訴人石井は、蠕動中は操作せず、アングルの固定を解除し、蠕動が治まるのを待つた。そして、検査が終わる一五分位前(午後零時一五分ころ)に造影剤が胆管に入つているかどうかを確認するためレントゲン写真一枚(<証拠略>)を撮影したこの写真を撮影した後、蠕動が亢進して一回嘔吐反射が起きた。そこで、控訴人石井は、直ちにアングルの固定を解除し、蠕動の治まるのを待つた。そして、これが治まつた後に検査を続行し、造影剤を注入して一連のレントゲン写真三枚(<証拠略>)を撮影した。ところが、これらの写真を撮影した後に二度目の嘔吐反射が起きた。この嘔吐反射に対しても、控訴人石井は、一回目と同様の措置をとつたが、この時には、フアイバースコープが十二指腸球部まで引き上げられ、このため乳頭開口部を見失つてしまつた。しかし、直ぐこれを見付け、カニユーレの挿管をやり直し、造影剤を入れ、最後にレントゲン写真一枚(<証拠略>)を撮影したうえ抜管し、午後一二時三〇分ころ検査を終了した。ところで、右レントゲン写真五枚には後腹膜に腸管外気腫が存在するのであるが、通常の健康人の場合には、後腹膜に気腫が存在することはなく、かつ、亡正には、本件穿孔部以外に消化管穿孔は発見されていないことからすると、右気腫は、本件ERCP検査のかなり早い段階、少なくとも強い蠕動運動の亢進と二回の嘔吐反射が発生する前に既に小さな穿孔様の腸管損傷が存在していたことを示すものである。のみならず、右X線フイルム五枚にみられる気腫は、後腹膜側から腹膜側に移動しているところ、このように気腫が移動するためには、かなりの時間を要するものであつて、このことからすると、本件穿孔が本件ERCP検査によつて生じたものであること自体疑わしいというべきである。
そうすると、控訴人石井の本件ERCP検査には、何ら過失がないことになる。
3 亡正の逸失利益を被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)らの損害とすることの不当性について
被控訴人らの請求する損害のうち、亡正の逸失利益を相続したとする分について、これを損害として計上することは、被相続人らにとつて利益を二重に計上することになる。
すなわち、被控訴人らが亡正の逸失利益として請求するものは、亡正が、有限会社大分合同新聞社(以下「訴外会社」という。)及びその関連会社である株式会社大分合同サービス社、株式会社大分合同案内広告社、株式会社大分開発の代表取締役ないし取締役として、これらの各社から、給与、賞与、役員賞与、役員報酬の名目で得ていた利益である。訴外会社は、亡正の実父が設立したもので、亡正は、総出資口数一〇万口のうち八万七六二〇口を保有し、その余の口数も被控訴人長野健ら一族で保有するもので、訴外会社は、亡正の同族会社であるところ、亡正は、同社の定款上社主の地位にあり、この社主の地位は、社主の相続人のうちから社主の指名する者がこれを引き続ぐこととされていた。そして、現に、亡正の死後、亡正の長男である被控訴人長野健が訴外会社の代表取締役社長に、次男である被控訴人長野厚が専務取締役にそれぞれ就任してその事業を承継し、同社を維持発展させているのであり、このことは同社以外の前記三社についてもほぼ同様である。
このことからすれば、亡正の得べかりし利益は、これらの同族会社の得ていた利益配分としての性格をもつものであり、これらの利益は、被控訴人長野健、同長野厚らに引き継がれているのである。そうであれば、亡正の逸失利益は、亡正の死後、被控訴人らがこれらの同族会社の経営を承継し、亡正が生前得ていた額ないしこれに準ずる額の報酬を受けることにより、既に実質的に填補されているものということができるから、亡正の逸失利益が、被控訴人らに相続により承継されたとして、これを計上することは、同一の利益について、二重の帰属主体(すなわち、同一の同族会社から、社主等として得る利益で、かつ、同一の期間に生ずる分について、亡正の死後、これを亡正自身の逸失利益として計上し、かつ、前記被控訴人らは現実に自身の利益として取得している。)に計上することになる。すなわち、利益の二重取りとなつて、損害の公平分担という損害賠償の基本に反する結果となる。
そこで、実体が個人企業であつて、かつ、現実にその経営主体及びこれにより得られる利益が相続人に引き継がれている本件については、右企業のオーナー(社主)である亡正の逸失利益を、相続人である右被控訴人らが相続により承継したとして損害に計上することは、被害者に生じた損害を公平分担させるという損害賠償制度の目的に照らしても許されないものというべきである。
4 逸失利益からの税金額の控除について
逸失利益とは、将来において予想される被害者の総収入や税法上の課税対象となる所得の合計額ではなく、経済的にみた場合の実質上の財産的利益の総額であり、このようにみることが、被害者に生じた実質的な損害の公平な分担をなさしめるという損害賠償制度の目的にも合致するのである。そこで、将来の収入を推定するについては、まず、事故時に近接した過去の一時期における実質的収入を決定する必要がある。そして、一般的に、人が一定の収入を得た結果当然に負担し、又は負担すべき損失を無視しては、その収入を決定することはできないから、経済的にみて、実際に得た財産的利益の内には、当然賦課徴収され又はされるべき税金は含まれないのである。それゆえ、逸失利益の算定に際しても、被害者の実質収入を基礎とすべきである。
これに対し、税金額の非控除説は、税法上被害者の所得に対する非課税措置が採られていることをその根拠の一つとしているが、これは、被害者が現実に収受した損害額について採られているものであつて、その損害額算定の過程において税金を控除するか否かとは別問題であるから、その根拠とはなし得ないのである。結局、非控除説によれば、事故に遭わなければ当然に賦課徴収されるべきであつた税金相当額をも収入の基礎に含めて損害額を算定することとなり、事故がなかつたとすれば得ることができたであろう財産的利益の埋め合わせをするという損害賠償制度の趣旨と相容れない結果となるのである。
特に、本件の亡正のような高額所得者の場合においては、累進課税により高い税金が課せられていることからして、その税額を控除しないことの不合理性は、より大きいのである。
なお、亡正の昭和五三年から昭和五八年までの各年の収入が六九八〇万円、昭和五九年から昭和六四年(平成元年)までの各年の収入が三四九〇万円と仮定した場合(右各収入額は原判決が認定した額である。)における控除すべき税額相当分は、別表1、2記載のとおりであり、右税額控除後の金額から三割の割合による生活費(この三割による生活費は原判決が認定した金額である。)を控除し、年五パーセントの割合による中間利息を複利方式により控除すると、亡正の逸失利益は、別表3記載のとおり一億三七〇八万六三九三円となる。
三 控訴人らの主張の補充に対する被控訴人らの認否及び反論
1 控訴人らの主張の補充1は争う。
2 同2については、昭和五四年四月二七日午前一一時四〇分ころから同日午後零時三〇分ころまでの間に実施された本件ERCP検査中に撮影されたX線フイルム五枚(<証拠略>)のうち、後の三枚のX線フイルム(<証拠略>)が撮影された段階において、後腹膜に異状な空気像(後腹膜気腫)が写し出されているのであるから、既にこの時本件穿孔が生じ、その穿孔から空気が後腹膜に漏出していたことは明らかである。そして、本件ERCP検査の翌日午後一時五〇分に実施された亡正の開腹手術の結果、本件穿孔は、傷口が比較的新鮮で右開腹時から一二ないし二四時間前に生じたものと判断されているのであるから、本件穿孔が本件ERCP検査中に発生したものであることは明白である。
3 同3は争う。
(一) 訴外会社の実体について
(1) 訴外会社は、有限会社で、社員は、亡正及びその一族によつて構成されており、定款により社主制が採用されているけれども、社主ないし社員たる地位自体は逸失利益の算定においていかなる意味も持ち得ないのである。社主ないし社員たる地位は、その有する出資持分に対する利益配当以外には何らの経済的利益をもたらさないからである。
亡正の逸失利益算定の基礎となつている所得は、すべて取締役等としての役員報酬であり、配当等は一切含まれていない。
(2) 亡正の死亡当時における訴外会社の取締役は七名であつた。亡正が代表取締役社長、被控訴人健が取締役副社長、亡正の実弟長野弘が専務取締役、被控訴人厚が取締役(販売担当)であり、その外に田中康生外二名が取締役であつて、非常勤の取締役は一名もいない。田中康生外二名の取締役は、総務局長、業務局長、編集局長等の兼任者であり、亡正との親族関係は一切ない。
右各取締役は、いずれもその地位、担当職務内容及び勤続年数に応じて役員報酬を得ていたものであり、社員であるかどうかによつて決められていたものではない。
勿論、訴外会社の意思決定及び業務の執行は、有限会社法の規定に従つて運営され、形骸化された機関は全くない。
(3) 訴外会社は、発行部数朝夕刊ともに二〇万部を誇る大分県下唯一の地方新聞社であり、昭和五四年四月現在における従業員数は四七九名、販売店は二〇三店であつた。
右(1)ないし(3)からすると、訴外会社は、法人の利益と代表者の報酬が明確に区別され、法人格を否認して個人企業とみる余地は全くない。
(二) 相続と逸失利益について
(1) 被控訴人らが亡正の死亡によつて相続したのは、社主の地位、訴外会社に対する出資持分のみであり、それ以外に法人に関して何の承継もない。
(2) 亡正の死亡後、訴外会社の取締役会において、被控訴人健が代表取締役社長に、被控訴人厚と田中康生が常務取締役にそれぞれ就任し、他の取締役にも若干の異動はあつたが、被控訴人健、同厚の両名は、副社長から社長、取締役から常務取締役へそれぞれ昇格したにすぎず、こうした昇格と相続とは全く無関係である。
(3) 亡正の相続人である被控訴人らのうちで、訴外会社の取締役等として何らかの報酬を得ているのは、被控訴人健、同厚、同静の三名のみであり、他の被控訴人らは亡正の得ていた役員報酬の承継はない。
(4) 被控訴人健、同厚の両名は、既に亡正の生存中から訴外会社の副社長、取締役として新聞発行業務に従事し、役員報酬を得ていたものであり、亡正の死亡によつて前記のように昇格し、それに伴つて役員報酬も増額はしたものの、副社長から社長へ、取締役から常務への増額にすぎず、その増額分の合計は、亡正の報酬額には到底及ぶものではない。被控訴人健の役員報酬は、亡正死亡後一〇年を経た現在も亡正の死亡時の役員報酬を下回つているのである。
右(1)ないし(4)からすると、亡正の逸失利益の相続が、控訴人ら主張のように、二重利得となることは全くないことが明らかである。
4 同4は争う。
損害賠償金の算定に当たつて租税額を控除すべきでないことは既に最高裁判所昭和四五年七月二四日第二小法廷判決(民集二四巻七号一一七七頁)において明らかにしているところである。
殊に、控訴人国は、自ら所得税法において、損害賠償金への非課税を明らかにしておきながら、自己が加害者となつた本件において、一転して自らの利益のために、被害者に対し、所得税を課したと同一の取扱いをすべきだと主張することは、同法の趣旨を没却するに等しいものである。
第三証拠 <略>
理由
一 当裁判所は、当審における当事者双方の主張立証をも検討し、
1 内視鏡的逆行性膵胆管造影検査(ERCP検査)は、有用な医療上の検査方法であつて、本件において温研病院の医師らが施行したERCP検査も亡正の健康診断上必要なものであつたが、同検査には、昭和五四年当時の医療水準のもとで低率ながら、その施術中に被検者の腸管壁等を損傷する危険性を伴つていたのであるから、術者には慎重な操作により右の危険の発生を回避すべき注意義務が課せられるところ、
2 亡正に生じた本件十二指腸穿孔は、右ERCP検査の施術中に術者が右の注意義務を欠いたために生じたものと推認するほかはなく、かつ、本件十二指腸穿孔を原因として、亡正は後腹膜炎を発症し、それが急速かつ広範な炎症へと悪化し、医師らによる開腹手術をはじめとする治療行為にもかかわらず、急性腎不全等を併発し、呼吸不全により死亡するに至つたものであり、
3 亡正には、右検査終了後に、担当医師らからの安静保持、絶飲食の指示を守らない問題行動があり、このことが後腹膜炎の悪化、拡大を招く一要因となつて死亡の結果発生につき三割程度の寄与をしたものといわねばならないが、それにもかかわらず亡正の本件十二指腸穿孔という原因と死亡との間には相当因果関係を肯定すべきであつて、
けつきよく、被控訴人らの控訴人らに対する本訴請求は、本判決主文一項1記載の限度において理由があるからこれを認容し、その余は棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加し訂正するほか、原判決理由第一ないし第五の一ないし七、九記載(原判決六八枚目表二行目から同一三九枚目裏九行目及び同一四〇枚目裏三行目から同一一行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決六八枚目裏六、七行目の「証人織部和宏の証言並びに被告阿南公展本人尋問の結果」を「原審証人織部和宏、当審証人中田肇、同富士匡の各証言、原審及び当審における控訴人石井公展本人尋問の結果」と改め、同六九枚目表二行目の「下大動脈」を「下大静脈」と改める。
2 原判決七五枚目表五行目の「同高浦照明の各証言、」の次に「当審証人中田肇、同富士匡の各証言」を、同行の「原告長野厚」の次に「及び控訴人石井公展(原審及び当審)各」を加え、同七六枚目表四行目の「正常値は七・〇」を「正常値は二・五ないし七・〇」と改め、同五行目の「遊離脂肪酸」の次に「(」を加える。
3 原判決七九枚目裏三行目の「検査を中止した。」の次に「そして、控訴人石井は、右検査を中止する五分位前にレントゲン写真三枚(<証拠略>)を撮影し、更に右三枚の写真を撮影する少し前にレントゲン写真一枚(<証拠略>)を撮影し、検査を中止する直前にもレントゲン写真一枚(<証拠略>)を撮影した。」を加え、同五行目の「左手指」を「左手中指」と改め、同末行の「穿孔の発生」の次に「(検査開始前に生じた穿孔を含む。)」を加える。
4 原判決八〇枚目表三行目の「十二指腸からもれ出た形跡もなかつた。」の次に「しかし、控訴人石井の撮影した前記(四)のX線フイルム五枚(<証拠略>)には、亡正の後腹膜のうち主に右腹部に斑状、線状、筋状の異状な空気像が写つており、これは十二指腸管の損傷部から空気が漏出したことを窺わせるものであるが、当時温研病院の医師は誰もこれに気付いていなかつた。」を加える。
5 原判決八四枚目表一行目の「以上の事実が認められ、」の次に「当審証人合屋忠信の証言は右認定の妨げとはならず、他に」を加える。
6 原判決八五枚目表八行目の括弧内の「<証拠略>」を「<証拠略>」と改める。
7 原判決八七枚目表一行目から二行目にかけての「<証拠略>」を「<証拠略>」と改める。
8 原判決八七枚目裏二行目の「他方、」の次に「<証拠略>のX線フイルムよりも少し前に撮影された」を、同九行目の「認められる。」の次に「右各認定に反する<証拠略>は前掲各証拠に照らしてにわかに採用し難いところである。」をそれぞれ加え、同八八枚目表七行目から八行目にかけての「少し伸された状態に止る旨」を「少し伸ばされた状態に止める旨」と改める。
9 原判決八九枚目表三行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と改める。
10 原判決九一枚目裏五行目の「前掲「<証拠略>、」を「<証拠略>、前掲」と改める。
11 原判決九四枚目表五行目の「ERCP検査の終了」の次に「の五分位前ころ撮影されたX線フイルムには十二指腸管の損傷部分から空気が後腹膜側に漏出したことを窺わせる異常な空気像が写し出されており、そしてその検査終了」を加える。
12 原判決九六枚目表八行目から九行目にかけての「腹部フイルムが存することは前記二に判示のとおりである。」を「X線フイルムが存することは前記二2に判示のとおりであるから、同フイルムにより撮影される以前においても本件スコープの先端が繰り返し下十二指腸角付近に達していたことは容易に推認し得るところである。」と改める。
13 原判決九七枚目裏七行目の「主張するが、」から同九八枚目表二行目の「考え難い。」までを「主張するが、本件ERCP検査中に撮影された前記<証拠略>のX線フイルム五枚によると、スコープの先端は、下十二指腸角付近に達しているのに、その先端が控訴人ら主張のように彎曲しているものとは読み取れないところであるから、この一事からしても控訴人らの右主張は採用できない。」と改める。
14 原判決一〇〇枚目表九行目の「存在したこと、」の次に「前記のように本件ERCP検査の終了近い時点で撮影されたX線フイルムには十二指腸管の損傷部から空気が漏出したことを窺わせる異状な空気像が写し出されていること、」を加える。
15 原判決一〇一枚目表一一行目、同一〇一枚目裏六行目、同一〇二枚目表五行目の「被告」の次にそれぞれ「ら」を加える。
16 原判決一〇二枚目裏九行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と、同一〇三枚目裏一一行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と、それぞれ改める。
17 原判決一〇五枚目裏四行目から五行目にかけての「急性腹膜炎」を「急性後腹膜炎」と改める。
18 原判決一〇六枚目裏六行目の「個有」を「固有」と改める。
19 原判決一〇七枚目表一行目の「急性腹膜炎」から同二行目の「汎発性腹膜炎」までを「急性後腹膜炎、その拡大・広範化、さらに汎発性腹膜炎」と改め、同七行目の「そこで、」から同一二行目の「各証言によれば、」までを
「そこで、右後腹膜炎の拡大・広範化、さらに急性汎発性腹膜炎への因果経過についてみるに、
(一) <証拠略>を総合すると、まず、胃、十二指腸の腹腔側の穿孔については、」
と、同一〇七枚目裏一〇行目の「十二指腸穿孔の場合、」を「次に後腹膜腔側における十二指腸穿孔の場合、」とそれぞれ改める。
20 原判決一〇八枚目表四行目から同六行目にかけての「後腹腔内に漏出して腹膜を刺戟し、腸内細菌による急性腹膜炎を拡大増強するにいたること、」を「後腹膜腔内に漏出し、そのため発症する後腹膜炎の炎症が拡大・広範化し、後腹膜剥離をも招くと、十二指腸内から漏出した右腸液等が後腹膜腔から腹腔の方に滲出して腸内細菌等により急性腹膜炎を発症し、これを拡大汎発化させるに至ること、」と同九行目の「少くとも」から同一〇八枚目裏四行目の「首肯されるところである。」までを「少なくとも、十二指腸の本件のような部位に穿孔を生じた結果発症した急性後腹膜炎は、適切な医療措置の点はさておき、右炎症が拡大汎発化すれば、急性腹膜炎の発症へと進展し、この炎症が拡大し汎発化すると、死の転帰に至る可能性が十分あることが考えられ、このことは、<証拠略>に照らして明らかである。」と、それぞれ改める。
21 原判決一〇九枚目裏四ないし五行目の「急性汎発性後腹膜炎」を「急性汎発性腹膜炎」と、同六行目の「急性腹膜炎」を「急性後腹膜炎」とそれぞれ改める。
22 原判決一一三枚目表末行の「急性腹膜炎」を「急性後腹膜炎」と、同一一三枚目裏三行目の「その汎発性化」を「前記の趣旨の拡大、汎発化」と、同八行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と、同九行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」とそれぞれ改め、同一一四枚目表六行目の「<証拠略>」の次に「(成立に争いがない。)」を加える。
23 原判決一一七枚目表九行目の「多くの医師らの英知を集約しながら、」の次に「本件ERCP検査中に撮影したX線フイルムの異状な空気像にも気付かず、亡正の」を加える。
24 原判決一一八枚目表三行目、同六行目の「急性腹膜炎」をいずれも「急性後腹膜炎」と、同一一八枚目裏五、六行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」とそれぞれ改める。
25 原判決一二二枚目裏一〇、一一行目の「比が約一・〇四」を「比が約一〇・四」と改め、同一二三枚目裏五行目の「推認される。」の次に「<証拠略>は右認定を覆すに足りないものと考える。」を加える。
26 原判決一二五枚目裏五行目から同六行目にかけての「明らかにすることは難しい。」の次に「後腹膜炎の急速な拡大・悪化により術前に既に重篤な腎不全を招いていたと断定し切れるか否かにも疑問がある。<証拠略>によつても右認定を覆すに足りない。」を加え、同一〇行目の「個有」を「固有」と、同一二六枚目表五行目の「急性腹膜炎」を「腸管穿孔に起因する本件のような急性後腹膜炎」とそれぞれ改める。
27 原判決一三一枚目表八行目の「被告」の次に「国」を加える。
28 原判決一三五枚目表一〇行目から一一行目にかけての「<証拠略>」を「<証拠略>」と改める。
29 原判決一三六枚目表一行目の「亡正死後」から同八行目の「激務であること、」までを「亡正死亡当時訴外会社には七名の取締役がいたが、亡正の死亡により被控訴人健が副社長から代表取締役社長に、被控訴人厚が取締役から専務取締役にそれぞれ就任し、その中核となつて同社の事業を継続し、充分その任を全うして同社を維持発展させていること、訴外会社の社主も右のいずれかに承継されていること、しかし、訴外会社は、亡正の死亡当時、四〇〇名以上の従業員、二〇〇店以上の販売店を有し、同社の収益と社主である亡正の収入とは截然と区別されていたこと、訴外会社の発行する新聞は、大分県の地方紙として最大部数を誇るほか、訴外会社は、数多くの事業を行つており、その社長としての亡正の立場は、決して閑職とはいえず、むしろ多忙な激務であつたこと、更に亡正は、日本新聞協会、共同通信社の理事を勤めるほか、大分県社会福祉協議会の会長として社会福祉の増進に努力し、施設の児童等に対しては自費で毎年クリスマスプレゼントを贈り続けていたこと、」と改める。
30 原判決一三六枚目裏六行目の「もつとも、亡正は、」から同一三七枚目裏七行目の「当裁判所は採用しない。」までを「そうすると、亡正は、本件による死亡なかりせば、なお六年間は前記収入を得ることができた筈であると認められる。そして、亡正の前記の社会的地位に鑑みると、亡正は、家庭生活の内外、前記各会社の内外において、その地位に相応しい社会生活を営むため多くの支出を余儀なくされることは明らかであり、加えて<証拠略>に所得税法、地方税法、国税通則法によると、亡正の昭和五三年度の前記六九八〇万円の年収に対しては、所得税、市・県民税、社会保険料として合計四二三四万〇八二〇円が控除されることなどを考慮すると、亡正の生活費は、前記年収の五割五分とみるのが相当である。そこで亡正の前記収入について六年間における年五分の中間利息を新ホフマン方式により控除する(係数五・一三三六)と、その逸失利益は、次のとおり一億六一二四万六三七六円となる。
69,800,000円×0.45=31,410,000円
31,410,000円×5.1336=161,246,376円
被控訴人らは、亡正の稼働可能年数は平均寿命の一二年間とみるべきである旨主張するけれども、亡正の年齢、職業、身体の状況等に鑑みると、亡正の稼働可能年数は控え目にみるのが相当であつて、その年数は前記認定のとおり六年をもつて相当と認める。
次に、控訴人らは、被控訴人らが亡正の被つた逸失利益の損害を相続したとしてこれを損害として請求することは利益の二重取りになる旨主張する。なるほど、前記のように、亡正は、訴外会社の社主で同社の総出資口数一〇万口のうち八万七六二〇口を保有する同族会社の社長であるが、亡正の収入は、同社から受けた給与及び賞与であつて、同社の収益の分配そのものとは截然と区別されており、しかも前記認定の訴外会社の組織、規模、営業状況等に徴すると、同社が亡正のいわゆる個人企業とは到底認められないし、また、亡正の死亡により被控訴人健が同社の代表取締役に、被控訴人厚がその専務取締役にそれぞれ就任してはいるが、同被控訴人らはいずれも同社の取締役から昇格したにすぎないばかりでなく、被控訴人静、同瓜生幹子、同都甲峰子が亡正の死亡により新たに同会社の役員となつて収入を得るに至つたことを認めるに足りる証拠は何もない。そうすると、被控訴人らが亡正の被つた逸失利益の損害を相続したとしてこれを損害として請求することが利益の二重取りになるものとは認められないし、他に他の三社を含めてこれを認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人らの右主張は理由がない。
また、控訴人らは、亡正の逸失利益の算定にあたつては、亡正の収入に対して課せられるべき所得税、市・県民税、社会保険料を控除すべきである旨主張する。しかし、当裁判所は、不法行為により死亡した被害者の得べかりし利益の喪失によつて被つた損害額を算定するにあたつては、被害者の収入に対して課せられるべき所得税その他の租税額及び社会保険料を控除するのは相当でないと思料する(租税の点につき最高裁判所昭和四五年七月二四日第二小法廷判決・民集二四巻七号一一七七頁参照。この点は、いわゆる高額所得者につき累進税率が適用されているにしても、本質的には変わりがないと考える。)ので、控訴人らの右主張は採用することができない。」と改める。
31 原判決一三八枚目裏一〇行目から同一一行目にかけての「そうして、」から同一二行目のの「相当と認める。」までを「そうして、本件について亡正の右行動その他本件記録に顕われた諸般の事情に鑑みると、損害額の算定にあたつて斟酌すべき亡正の過失は三割と認めるのが相当である(なお、計算にあたつては円未満を切り捨てる。以下同じ。)。」と改める。
32 原判決一三九枚目裏七行目の「原告長野静」から同九行目の「となる。」までを「被控訴人長野静は金四二〇六万六二八二円、同長野健は金二二四三万三一四一円、同瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚はそれぞれ金二一〇三万三一四一円となる。」と改める。
33 原判決一四〇枚目裏八行目の「原告長野静につき」から同一〇行目の「金二五〇万円」までを「被控訴人長野静につき金四二〇万円、同長野健につき金二二〇万円、同瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚につきそれぞれ金二一〇万円」と改める。
二 以上のとおりであつて、被控訴人らの本訴請求は、控訴人らに対し、各自、(一)被控訴人長野静が金四六二六万六二八二円、(二)被控訴人長野健が金二四六三万三一四一円、(三)被控訴人瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚がそれぞれ金二三一三万三一四一円並びに右(一)ないし(三)の各金員に対する本件不法行為の後である昭和五四年九月二一日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。
三 よつて、右と異なる原判決は不当であるから、控訴人らの本件控訴に基づき原判決を右の限度で主文一項のとおり変更することとし、被控訴人らの本件各附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 友納治夫 山口茂一 榎下義康)
別表1 所得税等一覧表<省略>
別表2 税額計算表(市・県民税は、前年分所得に対する課税である)<省略>
別表3 税額等控除後の逸失利益<省略>